先日、渋谷の映画館で懐かしさに惹かれ『グラン・ブルー』4Kリマスター版を鑑賞してきました。
映画『グラン・ブルー』(リュック・ベッソン監督, 1988年)は、深海という人間の限界への挑戦と、孤独や生きる意味を静かに問いかける作品です。思春期の頃にこの映画を繰り返し観ていた人も少なくないでしょう。私自身もその一人でした。
思春期は、自分が何者で、どこに居場所があるのかを探し続ける時期です。心理学者エリクソンが述べたように、この時期のテーマは「アイデンティティの模索」。主人公ジャック・マイヨール(実在のフリーダイバーをモデルにしている)は、深海という人間の生理的限界に挑む存在であり、同時に「人間社会との距離感」を象徴する人物でもあります。彼の孤独や、海にしか安らぎを見出せない姿は、心の防衛機制としての「回避」や「退避」とも響き合い、自己と世界との関わりを模索する思春期の心に強い共鳴を生みました。
興味深いのは、成人後に改めて観た際の印象の変化です。かつては「深海の青」や「孤独の美学」に惹かれたのに、今では「人とのつながり」や「生きることの責任」の方が胸に迫ります。この変化は、人生段階による自己概念の変容を反映しています。すなわち、同じ作品が「自己投影の対象」から「人間理解の教材」へと変わったのです。
また、モデルとなったジャック・マイヨール自身は、単なるフリーダイバーではなく、ヨガや瞑想を通じて心身を調整し、海洋哺乳類との一体感を追い求めた思想家でもありました。彼の実践は、今日の心理学で注目される「マインドフルネス」や「自然との結びつきによるレジリエンス」に通じていると思います。自然環境との接触が心を回復させる効果(restorative effect)は多くの研究で示されており、マイヨールの思想は現代的にもとても大きな意味を持っていると感じています。
高校生の頃に実在のマイヨール氏のサイン会(たしか神保町の三省堂書店でした)で本人にお会いする機会がありました。彼の人生はやがて悲しい結末を迎えましたが、あの時の穏やかな表情や思想を忘れることはありません。
『グラン・ブルー』は、思春期には「自己の孤独を映す鏡」として、成人期には「他者や自然との関わりを再考する物語」として心に響きます。映画や芸術作品は、その人の心の状態や人生の段階によって違う姿を見せてくれるものです。それは、自分自身の変化を確かめるきっかけにもなります。
皆さんにとっての「愛しい作品」もまた、人生の異なる段階で違う意味を帯びながら、心の奥深くを照らし続けているのかもしれません。