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2025.09.23秋晴れ

秋晴れの中、稲刈りに行ってきました。毎年のちょっとした恒例行事で、6月に田植え、9月は稲刈りのイベントに参加しています。秋の収穫期、田んぼ一面に広がる黄金色の稲穂は何とも美しい光景です。

稲刈りで無心で体を動かした後は、イベントを開催してくださる農家さんの庭先に移動。土鍋ご飯を炊き(毎年新米をいただきます)、七輪でつまみを焼いたりします。

自然の中で身体を動かすと気分も晴れますが、最近は睡眠不足がなんとなく続いていました。心と体の健康を守るためには、季節の行事と同じように、休養のリズムも大切にしたいと感じています。

 

~睡眠薬の処方について精神科医が考えていること~

 

精神科外来で「眠れません」という訴えは、きわめて頻繁に耳にします。睡眠は心身の健康の土台であり、その揺らぎはうつ病、不安障害、適応障害など、ほとんどすべての精神疾患に併存し、逆に不眠が持続することで精神症状を悪化させるという双方向的な関係も報告されています(Harvey, 2008)。したがって、睡眠薬の処方は単なる対症療法にとどまらず、精神疾患の治療戦略そのものに深く関わっています。

睡眠薬を使うとき、まず大切なのは「薬で眠らせる」ことが目的ではない、という視点です。眠れない背景には、ストレス、不安、抑うつ気分、あるいは生活リズムの乱れといった要因が複雑に絡み合っています。薬はあくまで症状を和らげ、患者さんが生活を立て直すための「橋渡し」であるべきです。

もうひとつ、精神科医が常に意識しているのは「依存と耐性」の問題です。ベンゾジアゼピン系や非ベンゾ系(いわゆるZ薬)は、即効性に優れる一方、長期使用で効きにくくなったり、やめづらくなったりするリスクがあります。こうしたリスクを避けるため、最近ではオレキシン受容体拮抗薬やメラトニン受容体作動薬など、新しい機序の薬が選択肢に加わっています。しかし、それでも「万能薬」は存在しません。

エビデンスに基づけば、短期間はベンゾジアゼピン系やZ-drugs、長期的にはオレキシン拮抗薬やメラトニン作動薬といった位置づけが望ましいと考えられます。しかし実臨床では「今夜どうしても眠れない」という切実な訴えに応えざるをえない場面も多く、理想論だけでは患者さんを支えきれません。精神科医が常に葛藤するのは、この「科学」と「人間」のあいだの距離です。

臨床の実感として、患者さんが本当に安心して眠れるようになるのは、薬だけでなく、生活習慣や心理的な支えが整ったときです。就寝前のスマホ使用を控える、夕方以降のカフェインを減らす、起床時間を一定にする、こうした小さな工夫を患者さんと一緒に積み重ねていくことが、最終的には薬以上に大きな力を持ちます。

 

睡眠薬を処方するときに考えているのは、目の前の不眠を鎮めることだけでなく、「自然な眠りを取り戻す」「自分の生活を営んでいける力を取り戻す」といった長期的なビジョンであり、その伴走者でありたいと思っています。薬はその旅路を支える杖にすぎません。本来の眠りは患者さん自身の回復力から生まれてきます。