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2025.08.10人生は積み減らし

~人生は積み減らし~

 

芸術家・岡本太郎は太陽の塔をデザインしたことで有名です。

ですが、私の中のイメージは、画家というよりは哲学者といった感じです。

社会に流されずに、自分自身の生き方を貫く太郎さんの姿に何度も励まされてきました。

 

太郎さんの名著の一つに『自分の中に毒を持て』という書籍があります。その中には現代に生きる人々へ、人生に悲嘆したとき、壁にぶつかったときなどに救われる、心に残る言葉が数多く残されております。

 

その中でも、わたしは「人生は積み減らすべき」という話に深く感銘を受けました。紹介したいと思います。下記は太郎さんの言葉です。

 

『人生は積み重ねだと誰でも思っているようだ。ぼくは逆に、積みへらすべきだと思う。財産も知識も、蓄えれば蓄えるほど、かえって人間は自在さを失ってしまう。過去の蓄積にこだわると、いつの間にか堆積物に埋もれて身動きができなくなる。
人生に挑み、ほんとうに生きるには、瞬間瞬間に新しく生まれかわって運命をひらくのだ。それには心身とも無一物、無条件でなければならない。捨てれば捨てるほど、いのちは分厚く、純粋にふくらんでくる。 今までの自分なんか、蹴トバシてやるそのつもりで、ちょうどいい』

 

私たちは、幼い頃から「積み上げること」が大切だと教えられてきました。努力して、成績を上げて、キャリアを築いて、人間関係を広げて…。

人生とは、コツコツと何かを重ねていくもの。そう信じて疑わなかった人も多いかもしれません。

けれども、生きていくなかで、ふと気づく瞬間があります。「積み上げること」だけではどうにもならないことがある。むしろ、「手放していくこと」で心が軽くなっていくことがある。

失敗したこと
続けられなかったこと
あきらめた夢
病気、離別、失職、喪失

何かを失って、立ち止まるしかない日があります。

一見すると「失ってしまったもの」ばかりのように感じるかもしれません。

でも、それらをひとつひとつ手放していくことで、自分らしさが少しずつ残っていくのです。

人生は、何かを“積み減らしていく”ことでもあるのだと思います。

「できなくなった自分」は、決して劣った存在ではありません。

むしろ、「これまでの経験のなかで、何を大切にしていきたいか」を知っている、豊かな存在です。

メンタルヘルスの世界でも、「回復」とは、かつての自分に戻ることではなく、「今の自分を大切にすること」だと考えられています。

どこかに完璧な“理想の自分”があるわけではありません。

たとえゆっくりでも、何かを手放しながら、少しずつ自分のペースで生きていけたら――。

それだけで、じゅうぶん価値のある人生だと、私たちは思っています。